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 久しぶりに発病した突発性登校拒否症候群。もともとの命名者は学部時代に授業を受けた政治学の先生なのだが、どうやら自分もその頃から感染してしまったらしい。要するに、無性にサボりたくなる日がたまにあるということだ。

 今日もそう。少し寝坊気味とはいえ、いつもと同じように起きたのに、どうしても足が外に向かない。10時には家を出よう、12時には、3時には…と繰り返して、結局学習室についたのは5時過ぎ。それも自分の意思というより、昼ごはんを食べていないせいで空腹だったから、というのが主な理由だから情けない。


 5連休の間、ずっと勉強しているわけにもいかない。前期はそれくらいやるつもりで肝心の試験期間に引きこもり状態になってしまった経験があるから、それを繰り返すわけにはいかない。だから、休むこと自体はかまわないのだが、こうやって、突発的に、無計画に休むのはいただけない。自分なりの予定が狂って、翌日以降に焦りながら勉強したのではトータルで全くリフレッシュにならなくなってしまう。

 こういうことはかなり以前から考えてはいるのだが、なかなか防げない。ふと、厳しく自己管理しようとしている自分から解放されたい自分がたまに表に出てきてしまうのではないかと、心理学的というか哲学的というか、単に少し危ない方向に思いをめぐらしてしまう。

 そんなときにふと思い出したのが、↓の本に書いてある「心の番人」という考え方。

最強の集中術最強の集中術
(2008/03/27)
ルーシー・ジョー・パラディーノ

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 至極簡単に言えば、集中できない、やる気が起こらないときは、そういう自分を客観的に冷静に捉えられるようにしましょうということ(あくまで自分なりの受け取り方。もちろん本の中ではよほど知的な表現をしている)。こういうと何を当たり前のことを、と言われそうだが、自分はそれなりに使えると思う。
 たとえば、朝起きられない、学校に行く気がしない、ついつい家で携帯のゲームに夢中になる、机に向かってもやる気が起こらない…等々(なぜか他人事のような気がしないぞ)のとき、普通は自分の精神力の弱さを責めて、もっと強くならないといけないと思う。しかし、20数年も生きてくれば、自分がそれほど意志の強い人間でないことくらい分かってくる。そんなときに無理して自己嫌悪に陥るよりも、いっそ、自分の心の中に厳しいことを言うもう一人の自分(別に自分でなくても、こわーい先生や知り合いを思い浮かべてもいいのかもしれない)がいると思ったほうが、うまくいくこともあるのではないだろうか。
 目覚ましが鳴ったのにそれを止めて二度寝をしてしまう自分、大学に行くつもりがベッドで携帯ゲームに興じる自分、外出すら面倒で家にある食料はあらかた食い尽くしてしまう自分…(どうしてだろう。丸裸にされたような気分だ)こんな自分を、もう一人の(まじめで冷静な)自分が見つめていたらなんと言うだろうか。そう思うと、おかしなスパイラルから少しは早く抜け出せるのではないかと思う。


 こんなことは普通に頑張れる人にとっては意味のない悩みかもしれない。そういう人たちは、こんな馬鹿なことでなにをダラダラと考えているんだと笑ってやってください。けど、この本自体はそれ以外のこともいろいろ書いてあるので何かしら役に立つ部分はあると思う。一見当たり前のことを言っているようにも思えるが、よくよく考えてみると自分はそれを実行できているのだろうか、と思わせるヒントがたくさん。ちなみに、翻訳者はうちの学部のOGみたい。そんな偶然も本との出会いでは大切にしたいと思う。
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海の都の物語 1―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫 し 12-32)海の都の物語 1―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫 し 12-32)
(2009/05/28)
塩野 七生

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大学で一日の大半を過ごす人間にとっては、息抜きの方法をどれだけ持てるかはそれなりに重要な問題です。自分にとって、その有力な手段の一つが、生協のブックセンターをウロウロすること。ほぼ毎日(!)。

まず最初にチェックするのは法律書の新刊コーナー。もちろん、そう頻繁に新刊が出るわけではないので、代わり映えがしない日もあるのですが、そういう日こそ普段は目に付かないような“掘り出し物”も見つけられたりするのでやめられません。当然、ほとんどはご購入するわけでもなく「へ~」と思いながら立ち読みして基本的に終わりなんですけど。(我ながらマニアック)

その後は、新書や文庫のコーナーを適当に見て回ります。最近心と時間の余裕がなく買ってきたせいか、興味を魅かれるようなものに出会うことはめっきり減ってしまいました。

だからこそ、「おーこれは!!」と思うものが発売されていると、○ネ(うちの大学のブックセンターの名前です)通いの醍醐味を感じます。

↑もそのひとつ。宮城谷昌光・北方謙三・塩野七生は自分の中でマストバイの新御三家なのですが、塩野さんのこの作品は、「ローマ人の物語」に並ぶ大作という評判は知りつつも、今まで文庫になっていなかったので手が出せなかったのです。それがいよいよ6巻に分かれて登場。とりあえず第1巻だけ買ったのですが、幸せな気分になりました。

普段、小難しい活字ばかり目にしているのだから、趣味くらいそれから解放されたいと思わないでもないですが、読書くらいしかもともと趣味がないのでしょうがないですよね。
せめて、これを読んでいる間くらいは、京都でのしんどい生活を忘れて、脳内でイタリアの水の都への旅を楽しみたいと思います・・・
Image行政法
行政法読本

我らが芝池教授(残念なことに今年度で定年退職されるようです…)の新刊が本日発売。

この『行政法読本』(以下『読本』)の情報は有斐閣のHP等で早々に入手していたが、あまり購買意欲は起きませんでした。というのは「…読本」というタイトルからなんとなく基本書というよりは軽い読み物のようなイメージを持ってしまったから。

ところが、店頭で実物を見た瞬間に認識を改めました。そう、装丁からも明らかなようにこれは山口厚『刑法』
刑法刑法
(2005/10)
山口 厚

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と同じシリーズなのです(多分)。山口刑法は総論と各論を同時に扱い、(ほとんどは)教授自身の理論的立場を離れ、刑法を学ぶにあたって最低限の知識が平易な記述でまとめられていました。

結局、その山口刑法の悪くないイメージが残っていたこと、行政法もざっと復習する必要を感じていたこと、そして書店(大学の生協)で大量に陳列されていたこともあって、この『読本』も思わず購入してしまったのでした(定価2800円+税)。

立ち読み&ぱらぱら読みの段階ですが、最初に気付いたのは以下の点です。
・まず、この本もいわゆる総論と救済法を一冊で扱っています。他方、ページ数は全体で400ページ程度なので、必然的に詳細な学説の紹介や説明は省かれています。
・簡単な設問やコラムがあったり、重要な条文や判例が本文の中で引用・紹介されるなど、読みやすい構成になっています。

内容については最後まで目を通すまでコメントを控えますが(読破したら追記する予定)、さしあたって行政法の初学者が基本的知識を獲得する(実際、芝池先生もそのような読者を想定している旨はしがきで述べておられます)、一通り学習した者(自分は一応こちら)がその記憶を呼び覚ます、といった目的には適しているのではないでしょうか。

確かに、この本では各種試験に必要な知識量には到底達しない(はずです。)個々の論点や制度理解のために、信用のある他の基本書を読み込むことは必要不可欠でしょう。しかし、法律学を学ぶ際には、特にその最初と一定の(個別の)知識を得た段階で、当該科目の全体像を鳥瞰的な視点で把握することは、とても有効なことだと個人的には思います。山口刑法と並んで、スピード感を持って読み進められる(はずの)本書はそうした意味で意義あるものになるのではないでしょうか。

私事ですが、明日からの帰省で藤田広美『講義民事訴訟』と合わせて読破してしまいたいと思います。
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